ペインター GEMMA HISA /自己紹介

「私は画家です」というと、、
今の時代にそんな人がいるのか?
と、一瞬時が止まったかのような目で見られることがある
人によっては何か冷たい目で見られることもある
「どうやって生きていくのだろう?」
「きっと自己満足でそんなことをやっているんだろう」という目線だ
多くの人はそんなことは無理だと言って、ごく一部の人だけができることだという
しかし、
それは不可能なことなのだろうか?
どうやら、ここには多くの「偏見」が存在しているようだ
思えばどの時代でも「絵を描く」行為はなくならず共に文明を形成したり
芸術という市場を形成してきたからだ

ところで、、
結果は行為により左右される
つまり「結果」だけを先に願えば
「行為の価値」は曖昧になり
信じるものがなくなるのだ
私は何かを信念をもって行動に移し続けていくと、、
ふとした機会がまいこんできたり、
周りが変わっていくのを
否定された以上の素敵な出会いと経験が起こるのだと感じた
どんなワクワクするようなことが起こったのか少し紹介していきたい
言語ができなくても世界中の人と対話ができる
日本のコンビニもない山奥で
人知れず石の下に潜んでいる「いわな」を手掴みしながら育った私が
絵を描き始めたことで人生が変わった
「私の人生はあの向こうに見える山も越えられずに
終わるのかもしれない」という考えが過ることもあった
もともと内向的だった私は
コミュニケーションが上手いわけではなかったので社会と縁を結ぶ機会もなかったのだ
しかし、表現することは見えない言葉を発するようなもの絵を描くことは山の向こう側にいる人たちと対話できる手段であると
気づくようになった
東京に住んだ後、初めて移住した韓国では
知り合いが0人だったが
秘境と呼ばれる「島」や「風景」を描き続けることで
いつの間にか展示機会や知り合いも増え
「表現」が言語と国籍を超えて伝わることを実感した
真冬に無謀にも山に登り滝を描いたり
真夏には船で3時間かけてたどり着いた孤島で見たこともない大きな岩山を描いた


偶然、旅先で知り合った人達が
夕飯に招待してくれたり、車で現地人しか知らない絶景へ案内してくれたりした。
「どこから来たの? え、、日本から? 韓国はどう?」
と率直な問いを投げかけてくれる
マス・メディアは常に対立を煽り立てるような報道をするが
政治的な対立なしに仲良くなった。
「描く」ことは見えない言葉を発信し続けること
その行為は「行動」に直結しているゆえに
時に言葉よりも人の心に届きやすい

絵を描いていると色々と便利なことも多く
作品を名刺代わりに初対面でも打ち解けやすい
同じく、知り合いが0人だった香港や台湾ではギャラリーや美術大学を見て回り
偶然そこの美術関係者や学生と仲良くなってご飯を一緒に食べた
彼らは「日本はどんな国なの?香港はこんな国だよ!」とか「これお勧めだよ」と
香港や台湾の美味しい食べ物について教えてくれた。
ギャラリーに絵を見に行ったところ想像以上にフレンドリーで
現地人しか知らない素敵な場所について教えてくれたことも印象的だった
「あそこにいって絵を描いたらイイよ」


当時はカタコトの英語レベルしかなかったので言葉がほとんど通じなかったのだが、、
描いている絵を見せたり、彼らの人生のストーリを作品と一緒に聞かせてくれたりと、
いつも何か新しいことが起きた
彼らとは今もインスタやフェイスブック等で繋がっていて、どこか新しい場所にいる私の活動を応援してくれている
これらは全て
「描くという行動の価値」を信じていたからこそ起こりえたことであると振り返って思う
アジア・北米と旅をし、、


とある機会から南米に住むことになった
また、知り合いがほとんど0に等しい南米で、、、
スペイン語は勉強中だが
ここでもやはり素敵な出会いが待っていた
偶然知り合った中南米のアーティストとの交流から
アンデス山脈をはじめ、パナマ湾やコスタリカの丘、南米特有の神秘的な自然を描く機会を持つことが出来た


絵を描くことはそんなに簡単なことではないし、大変なことも多いのだが
その見返りとして人生に多くの出会いが増えた
これは全て「絵を描く」ことを始めたが故に
出会うことができた贈り物だ
多くの人は
絵を描く=1人で部屋にひきこもりペタペタと絵具をいじっている
という内向的なイメージを思い浮かべるかもしれない
しかし、絵を描くことはまさに
「人生をリアルに生きること」であると私は思う
生まれる前の記憶が?
人の「人生」は点と点が紡がれ線になっていくように、
出会いや出来事にも意味があるのだろうか?
小さい頃からいつもこんなことばかり考えて育ってきた。
実は私は母親のお腹の中にいた時の記憶が鮮明に残っている
黒い空間の中で、時々赤い光が見える
おそらく血管や血液の透過光だっただろう
口では羊水を吸ったり吐いたりできる
それは結構快適で、一時的な楽園のようだった
しかし突然楽園を追放され
外の恐ろしい世界へを引きずり出される
日が来ることがわかる


眩い光と共に看護婦らしからぬ
シルエットが覗き込み
お腹の外の世界に生まれた
その瞬間を覚えている
絵を描いているとこの世界とは
必ず相互影響し合って存在していることが分かる
点と点が繋がれ直線ができるように
人生は過去に戻ることはできない
もしかしたら生前の記憶が無くなることで
その出発点も分からなくなってしまったかもしれない
しかし、、
点と点を繋いでいくことで
振り帰った時に刺繍のような価値を見出すことができるのだと思う
絵を買ってもらうこと
自分の絵の情報が広まるほど、
自分の絵を好きになってくれて、買ってくれる人が必ず出てくる
人間一人ひとり個性が違うように、好きな絵のスタイルも皆違うので
抽象画が好きな人もいれば、風景画が好きな人もいる
大切なのはどのようにニーズとニーズが噛み合う売買の機会をもてるかだ
絵が売れれば経済的に制作を続けらことが出来るし誰かが自分の絵を気に入ってくれることはとても嬉しいものだ

韓国で知り合ったある方は元警部の方で
済州島に住んでいる
芸術がとても好きな方で私の描いた風景画を気に入って買ってくれた
絵が家に掛かっていると
やはり室内の雰囲気ががらりと変わる楽しみがある
ギャラリーを通して売れる場合もあるが
個人的に絵を買ってくれたり
依頼を受けて絵を描いたりもする
工夫次第で色々な方向からアプローチが可能だ

上の写真は、ある機会を得れ美術館で展示をすることになったのだが
展示期間にその場所が韓国の連続ドラマのロケ地になったことがあった
(ちなみに私は韓国ドラマには全く興味がない)
美術館でのワンシーンで
私の描いた作品が後ろの壁に掛かっている

上の作品はその美術館のキュレーターさんが
「あなたが凄く有名になって作品価が高くなりすぎる前に買うわ」
と言って美術館所蔵になった
これらは作品の売買に至るまでの一つの例なのだが
絵画の売買は
作品のコンセプトや画風、作家がどんな活動をしているのか?
それに対する共感から、作品を好きになれる
機会と場があることで発生する
すべてが有機的に繋がっているので
果敢に挑戦していくことが醍醐味であると思う
アーティストは自ら問いを立てる
私は「アーティストは誰かに言われてするのではなく、自ら問いを立て、答えを探していくもの」
という言葉が好きだ
というのは人生は答えが出ない、答えをもらえないことが多くあるからだ
つまりこの言葉には人生に自ら主体的に向かっていくという意思がこめられている
人生は順風満帆にいかない
思いがけない挫折を味わうこともある
例えば、、、
ある村から初めて訪れるある村に向かうときに、道がどのようになっているか、私たちは正確にはわからない
歩いてみたら下り坂があったり
いばらの道が目の前に現れたり
上り坂がものすごく急だったり
突然雨が降ってきたり、、、、、
体力が持たず、途中で元の村に帰ろうかと思ったり
ところで途中に柿の木があって
甘熟した柿を食べて体力を回復出来たりする
人間は人生を物差し計れるように
万能ではない
一週間先の天候も正確にわからないし
明日何がだれと出会うのかも分からない

結局、歩いてみないと
自ら探してみないと良いものも、苦労の価値も分からないのだ
ここで絵と人生を結び付けるならば
絵を描くことは人生に問いを立て、自ら向かっていく手段である
とりあえず隣の村まで歩いてみて
どんな景色が見えるか見てみよう
ただ私の経験上、、、
きっとそこには歩いてきた道の意味を
教えてくれる景色が待っている

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このブログでは「絵を描いて生きていくこと」コンセプトに
①絵を描いていくために役立つ情報
⓶インスピレーションになるストーリーなど
⓷最新の海外のアート情報
をお届けしています
もし、興味を持って頂けたら
是非、他のページも探って見てみてください
-
URLをコピーしました!

●よければコメントください