至極宗教的なローマの街中②│聖アンドレア教会とミリツィエの塔

6月の夏の日差しの下でのローマの街はとても暑い。だが、それだからこそ印象的な風景をみることが出来た。
今日は前回に引き続き、ローマの街を歩きながらインスパイアリングした場所を紹介していきます。
聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会
聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会(Chiesa di Sant’Andrea della Valle)という教会を発見しました。聖アンドレア(アンデレ)は殉教したキリスト12使徒の一人(ガリラヤ湖畔の元漁師)です。
サンタンジェロ橋を渡り、コルソ・ヴィットリオ・エマヌエーレ(Corso Vittorio Emanuele II)という通りをずーーと下っていくと見える大きな教会です。何か白い大理石の重厚感のある建物が迫力で、吸い込まれるように入ってみました。


外観の壁面には聖人のような彫刻が見えます。ローマの街には多くの教会がありますが、ここは特に大きい方。調べてみると、抗宗教改革派の修道会によって17世紀に建てられたそうです。

この教会のドームはとても荘厳でした。
金色に輝く内容が目を奪います。天井からは天使が下りてきそうに光が差し込んでいます。
このドームはローマで三番目に大きいドームだそうです。(1ーサンピエトロ寺院、2-パンテオン)カトリックが布教目的に荘厳な芸術を利用したことはよく聞く話ですが、それにしてもこれだけのドームと装飾を作り上げるのは並大抵ではない時間と労力が注がれていると感じました。
教会の主祭壇には教会の守護聖人・聖アンドレアの磔刑(The crucifixion of St Andrew/1651年)の絵があります。画家はマッティア・プレーティ(Mattia Preti/1613ー1699/イタリア人) です。
聖アンドレアはX字型の十字架で処刑されました。この十字架を=アンドレア十字(St Andrew’s Cross) と呼ぶようです。

同じくキリストの弟子のペテロ(Saint Peter)は逆さ十字架で殉教し、アンデレ(Saint Andrew)はX字十字架で殉教したのを考えると十字架の形というのは何か象徴的な意味を感じてしまいます。
ミリツィエの塔(Torre delle Milizie)

天気も晴れてきたので、さらに、ローマの街中を赴くままに歩きまわってみました。
特に計画を立てずとも、町中に歴史的な遺物があるので犬も歩けば、遺物に出会えます。


周りの建造物とは明らかに雰囲気の違う塔に目が留まりました。
これはミリツィエの塔(民兵の塔/Torre delle Milizie)で、ローマで一番古い塔、ローマの歴史を眺めてきた塔でした。
塔は古代ローマ時代に建てられたそうで、皇帝ネロ(ローマ帝国5代目皇帝/在位54~68年)がローマの大火(西暦64年)をこの塔から見守ったらしく別名「ネロの塔」といわれているそうです。レンガで出来ています。

1619年以降、隣にあったサンタ・カテリーナ・ア・マニャナポリ修道院(後に取り壊された)の修道女たちに買収され、その一部になりました。

↑写真の右側に見える教会は聖カテリーナ・ア・マニャナポリ教会(Chiesa di Santa Caterina a Magnanapoli)です。先のミリツィエの塔と一緒に存在していて、、、
その空間だけ映画に出てくる秘密の花園的な修道院の雰囲気を醸し出していました。
聖カテリーナとはシエナのカテリーナ (Santa Caterina da Siena, 1347- 1380年)のことで、シエナとはシエーナ共和国(中世イタリア半島に存在した国家)のことです。

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂

街を歩いていると、ひときわ大きな建物を発見しました。
ここはサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂(Basilica di Santa Maria Maggiore)でした。この教会は大きくて手前に広場とモニュメント(塔みたいな)ものがありました。

教皇は当時ローマに大きなバシリカを4つ建設させ、そのうちの一つがこの大聖堂だそうです。
1-サン・ピエトロ大聖堂
2-サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂
3-サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
4-サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂

言い伝えによると、4世紀に教皇リベリウス(在位:352 – 366年)の夢にマリアが現れ、「今晩雪の降ったところに教会を建てよ。」と命じたらしいです。
この大聖堂は古代キュベレー神の神殿があった場所に築かれたそうです。2025年、教皇フランシスコがこの大聖堂の側廊にある大理石の墓に埋葬されたそうです。

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