サン・ピエトロ大聖堂③│ピエタと聖人の大彫刻の寓意とは?

こんにちは。今日は「サン・ピエトロ大聖堂の彫刻達」とその背景について紹介していきます。
この大聖堂の魅力は絵画だけではない巨大で荘厳な彫刻達です!その動きのダイナミックさや深に驚きました。彫刻の意味も含め紹介していきます。

聖人たちの巨大彫刻
大聖堂には至る所に柱があり、そこには聖書に出てくる聖人たち、カトリックの聖人たちの像があります。

こちらは聖アンデレ像(Saint Andrew)です。聖アンデレはX字十字架(聖アンデレ十字)で殉教した人物です。彫刻家フランソワ・デュケノアフランソワ・デュケノア(François Duquesnoy、1597- 1643/フランドル)によって制作されました。


この像は聖ユリアナ・ファルコニエリ像です。彼女はカトリック教会の聖人でセルヴィテ女子修道会(Servite Order)の創設者です。 1740年に彫刻家パオロ・カンピ(Pietro Paolo Campi/1668–1765/伊)によって制作されました。

こちらは「聖女ベロニカ」の像です。彼女は、キリストがゴルゴタの丘を登る途中、布を差し出して顔の汗を拭った人物とされ、その布にキリストの顔が写し取られたという伝説があるだとか。
手にはその時の布をもっていますね。
フランチェスコ・モーキ(Francesco Mochi, 1580- 1654/伊)により制作されました。


こちらは聖ロンギヌス像(Saint Longinus)です彫刻家ベルニーニが作りました。
ロンギヌスは、ローマの百人隊で十字架に処されたイエス・キリストの生死を確認するために脇腹を槍で刺した人物です。
高さは4M、像の動きが遠くからでも目に留まります。中央のバルダッキーノを囲むように4本の柱がありますが、そのうちの一つに設置されています。
柱の彫刻達│カトリックの偉人と聖句
ところどころ、柱の中に彫刻達が存在しています。


こちらはテアティーノ会の創設者・聖カジェタン・ティエネ(San Gaetano di Thiene)の彫刻です。
カルロ・モナルディ(Carlo Monaldi/18世紀/伊)によって1738年に制作されました。
左下には天使(プット)が本を開いています。
そこには「QUERITE PRIMUM REGNUM DEI ET HAEC OMNIA ADJICIENTUR VOBIS」 「まず神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて添えて与えられるであろう」(マタイによる福音書 第6章33節)と書かれています。

こちらは、教皇グレゴリウス13世像の左にある女性像です。
左の女性が手に持っている石板には「NOVI OPERA EIUS ET FIDEM」「私は彼の行いと信仰を知っている聖書(黙示録)」と書かれています。
グレゴリウス13世はカレンダー改革(グレゴリオ暦)を行い、その功績で知られています。
教皇の記念碑にこめられた寓意

ところどころ赤グレー色の柱と、その中に過去の教皇の記念碑が配置されていました。
両脇にはその教皇の意思を表す女性像(寓意)が設置されています。

こちらは教皇アレクサンデル7世の墓碑(Tomb of Pope Alexander VII/ 1599- 1667年)です。
教皇アレクサンデル7世は、芸術に理解があり、天才彫刻家ベルニーニ最大のパトロンとして、サントロ広場も彼に設計せました。またローマの街をバロック芸術の都にしたことで知られています。
中央の大理石のカーテンの下からは死を象徴する黄金の骸骨が表れていて、その手には時と死を示す砂時計を持っているそうです。ベルニーニによって制作されました。


周りには4体の女性像が存在しています。これは教皇が重んじた「徳」を擬人化した寓意です。
後ろの二体はよく見えません。
- 右:真理(Truth)足元に地球儀があり、彼女の足はカトリック教会の権威を象徴し、当時のイングランドの地図の上に乗っている。
- 左:慈愛(Charity)子供を抱いてる女性の像
- 上部奥:賢明(Prudence)
- 上部奥:正義(Justice)

こちらは教皇ベネディクトゥス14世の記念碑です。ベネディクトゥス14世は18世紀のローマ教皇で、歴代教皇で最も学者肌だったそうです。 人体の解剖学研究を支持し、科学や数学の発展を後押したそうで、啓蒙思想家からも尊敬されたそうです。
この記念碑は、彫刻家ピエトロ・ブラッチ(Pietro Bracci,/1700- 1773年/伊)により制作されました。


左右2人の女性像は、教皇の美徳を象徴している。
- 左:知恵│教皇の知的な側面や学問への貢献を象徴
- 右:無私│天使が差し出す宝石や硬貨で満たされた角を拒絶し、富に執着しない精神を表現

こちらはインノケンティウス12世の記念碑です。
ローマ教皇インノケンティウス12世(在位1691〜1700年)は 贅沢を嫌い、親族に役職や財産を与えるネポティズム(親族登用主義)を厳しく禁じ、清廉潔白な人物として知られていたそうです。
フィリッポ・デッラ・ヴァッレ(Filippo della Valle, 1698- 1768/伊)により制作されました。
- 正義(右側): 天秤を持ち、教皇が司法制度改革や経済的正義に力を注いだことを象徴
- 慈愛(左側): 子供を抱く姿で描かれ、教皇が貧しい人々を支援した慈悲深さ象徴
教皇レオ1世の祭壇│白きレリーフ

こちらのひと際白く浮かび上がるようなレリーフの彫刻は「教皇レオ1世の祭壇」です。
教皇レオ1世(在位:440年 – 461年)は、カトリック教会で神学者としての多大な功績から「大教皇(レオ1世)」と呼ばれ、古代ローマ帝国が崩壊していく激動の時代に、教会とローマの街を率いた人物です。
アレッサンドロ・アルガルディ(Alessandro Algardi、 1598-1654/伊)によって制作されました。彼はベルニーニのライバルとして知られています。
半立体のレリーフからはひときわ躍動的な印象を感じました。

作品は、西暦452年にフン族の王アッティラが、ローマを侵略しようとしたんですが、その時に剣を手に持った聖ペテロと聖パウロが空から現れて、教皇レオ1世を援護しアッティラをローマから撤退させたっていう場面です。
ちなみにこの祭壇の下には、教皇レオ1世の遺骸が安置されています

ピエタ│ミケランジェロの傑作

こちらは、実物を見たかった、ミケランジェロの作ったピエタ(Pietà/慈悲/伊)です。
実はこれを探すのに結構苦労して、聖堂内を色々回ってもどこにあるのか見つからなかったのですが、出口すぐ左側の奥の部屋にありました。
実際見た感想としては、派手やかに存在してるというより、静寂な雰囲気の中でひっそりと、「あ、こんなところにあったんだ」という印象を受けました。ですが後で振り返っても印象に残っている作品です。

ピエタ
ミケランジェロは、ピエタを四つ作っていて唯一このピエタだけが完成され、残りの3つは未完成でした。このピエタを完成させた時、かれは25歳でした。

キリストを抱いている聖母マリアが若すぎるっていうことで意味物議を醸し出していたそうです。 で他の芸術家はマリアを年を取った女性として表現していたからです。そこでミケランジュロが「原罪のない聖母マリア、年を取らない」といったそうです。
見る角度によって雰囲気が変わります。
そしてこの布のしっとりした質感表現とキリストが横たわっているリアリティーを大理石で出すのは流石です。この質感表現がより静寂さを醸し出しています。

出口の頭上には碑文がありました。
ここには、、、
BASILICAM
PRINCIPIS APOSTOLORVM
INNOCENTIVS X PONT MAX
MAGNIFICENTIVS TERMINAVIT
「使徒たちの長(聖ペテロ)の大聖堂を、多くの教皇たちによって増築されてきたこの建築を、教皇インノケンティウス10世が、新たな天井装飾、礼拝堂、内部装飾、大理石の円柱、さまざまな石材の床によって、より壮麗に完成させた。」
と書いてあRます。
サンピエトロ広場の夕方

外に出ると、少し夕暮れになってきて、空がオレンジがかっていました。朝とは全然違う雰囲気です。確か出たときには4時ぐらいだと思います。
宮殿の柱に当たる光の色も違いますね。

前ので記事で紹介しましたが、楕円形の回廊の上にはたくさんの聖人像が立っています。その雰囲気も朝とでは、全然違いました。


こちらの像は、キリストの弟子であり初代ローマ教皇の「聖ペテロ」です。手には、イエスから受け取った「天国の鍵」を持っています。


中央に見えるのは「法王の紋章」です。

で、この宮殿のサイド(写真左)にはお土産屋さんがあって、バチカン・グッズとかを売ってしました。たくさんの人が来てました。
この広場の向こう側に大通りがあるんですけど、沢山お店がでていてそこでもバチカン・スべニアを売ってましたね。
やっぱりここはローマに来る機会があれば、是非訪れていただきたいと思う場所です。 いろいろと感じさせられる大聖堂でした。
また次のイタリアの記事でお会いしたいと思います。


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